さて、長谷川少年の行かれた場所は、ドモドッソラではないと思います。ドモドッソラはアルプスの中とは言え、平地にあり、城壁も旧市街にその名残があるだけです。
イタリア鉄道の路線を見てみますと、トンネルの次の町ブリーグから国境を抜けると、Isella di Trasquera-varzo-Pregliaの3つの駅があります。山の中の町であるとすれば、このうちのどれかではないでしょうか。ドモドッソラ以降ミラノに行くまでの駅には、お書きになったような街はなかったように記憶しています。ブリーグからドモドッソラまでの間は急行で30分程度の距離です。初夏のドモドッソラ近辺は素晴らしいですよ。野生のサクランボウがあったり…私はいつも食べ物の話になってしまいます。
コメント (2)
長本和子様
ブログを見て書くのですが、ご教示頂ければありがたく
思います。私は現在74才ですが55年前にスイスから鉄道で
シンプロントンネルを越えました。19才の少年の好奇心で
小さな駅に降りました。その町は山岳が近く城壁に囲まれ
私は城壁の門をくぐって町の小さなホテルに泊まりました。
夜は人通りがなく一人旅の孤独感を味わいました。
この町はドモドッソラでしょうか? 毎日書いていた日記
を失くしてしまい知る由がありません。私にとってはどの
世界遺産の町よりもこのイタリーの小さな町の夜を忘れる事が出来ません。生きている中にもう一度この町を訪れたいのです。ドモドッソラでないとしたら私の泊まった町はどこか
お判りにならないでしょうか? まことに頼りない話で
恐縮ですがご教示頂ければ嬉しく思います。
投稿者: 長谷川泰三 | 2010年06月06日 09:04
日時: 2010年06月06日 09:04
長谷川様
まだイタリアに通いだす前に、斎藤茂吉の「ドナウ源流行」を持って同じ道筋を辿ったことがあります。早朝ホテルを出て、ドナウ川が始まる場所に行った時にすれ違った人が、その時連れていた犬のお尻をポンと叩いたのです。たったそれだけのことなのに、あの時の旅の一場面として、その時の空気とともに思い出すことがあります。
さて、長谷川少年の行かれた場所は、ドモドッソラではないと思います。ドモドッソラはアルプスの中とは言え、平地にあり、城壁も旧市街にその名残があるだけです。
イタリア鉄道の路線を見てみますと、トンネルの次の町ブリーグから国境を抜けると、Isella di Trasquera-varzo-Pregliaの3つの駅があります。山の中の町であるとすれば、このうちのどれかではないでしょうか。ドモドッソラ以降ミラノに行くまでの駅には、お書きになったような街はなかったように記憶しています。ブリーグからドモドッソラまでの間は急行で30分程度の距離です。初夏のドモドッソラ近辺は素晴らしいですよ。野生のサクランボウがあったり…私はいつも食べ物の話になってしまいます。
投稿者: 長本和子 | 2010年06月07日 11:07
日時: 2010年06月07日 11:07