メイン

イタリアの旅 アーカイブ

2007年08月08日

万華鏡のように

「今まで、イタリアはどこに行きましたか」と質問されて、
1976年に初めてイタリアの地を踏んでから、昨年に行ったアオスタ州で、20州全て周ってしまったことに気が付きました。

最初の訪問地は南イタリアのプーリア州。当時はまだ日本人を初めて見たという人ばかりで、街を歩くと私のあとを子供たちがゾロゾロ、立ち止まればその後ろを大人たちがぐるりと取り囲んで、好奇心丸出しの目がギラギラという時代でした。

今はどんな田舎に行っても日本人がいて、30年の間に日本とイタリアの距離は本当に近くなったものだと感心してしまいます。

このブログでは、イタリアに観光や取材、仕事で行って見たことや、住んで体験した事と、それとは全く関係のない話も交えて、万華鏡のようにご紹介したいと思います。

2008年11月26日

ドモドッソラに来ています

%E5%BA%83%E5%A0%B4.jpg
もう10年以上も料理研修で来ているドモドッソラにいます。北イタリアのアルプスの山の中の小さな街。端から端まで歩いて行ける距離なので、散策にはぴったりです。しかしその中心広場の美しいこと。広場を囲むのは中世に建てられた家々。夕方になってライトアップされると、まるでおとぎの国に来たような気がします。私の中の「世界で一番美しい広場」です。

2008年11月28日

ドモドッソラの栗の収穫祭

%E5%8F%8E%E7%A9%AB%E7%A5%AD.jpg
ドモドッソラで栗のサーグラがありました。サーグラというのは収穫祭のことで、この場合は栗の収穫を理由に特産品の売店が出たり、郷土料理を楽しんだりという大賑わいのお祭り。ここぞとばかり民族衣装を着てくる人々で街の広場は埋め尽くされ、研修生たちは焼き栗を食べたり、試食のチーズやサラミをつまんだり、異国情緒をたっぷりと楽しんだようです。

2008年12月19日

サウリスの生ハム

%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%82%B9.jpg
幻の生ハム「サウリス」はサウリス村の特産品。手彫りのトンネルと断崖絶壁のいろは坂を抜けてたどり着いたのは、真っ黒に塗られた山小屋風の家が点在する所。「ここはイタリア?」と、今まで持っていたイメージからは想像できない場所です。
この生ハムの特徴は薫煙をかけること。聞けばその昔暖炉の煙を使っていたのが始まりだとか。見学路には、暖炉が3つ並んでいて薪を燃やしている部屋があり、その煙が熟成室に流れる仕組みになっているそうです。
そして仕上げは、サウリス村の清浄な空気ですって。
お味は?・・・もちろん絶品です!

2009年01月06日

野菜は美しい

%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%82%B3
トレヴィーゾの卸売市場に行きました。早朝だったのでとても寒かったのですが、でも所狭しと置かれている野菜の美しさに圧倒されました。これはカリフラワーの一種でロマネスコと呼ばれるもの。以前に出版した「イタリア野菜のABC」(小学館刊)でも紹介しているので、写真は持っているのですが、それでも何度でも写してみたくなるほど魅力的。イタリア料理の中での野菜の重要性はパスタに匹敵。なかでもある地方でのみ栽培されているものは、さりげなく郷土性を演出するのにぴったりです。

2009年01月09日

さよなら フリポー

%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%9D%E3%83%BC
年末にイタリアで一番好きなリストランテが閉店しました。その名は「フリポー」トリノから1時間ほどのトッレ・ペーリチェという場所にあるリストランテでした。初めて行ったのは15年ほど前のこと。オーナーシェフのヴァルテル氏はその後、厨房を直したり、2階に小さなペンションを作ったり、少しずつ手を加えて素敵な店に作り上げ、とうとうミシュランの二つ星に。
フリポーは無名だった頃に行って「これぞイタリア料理の将来の姿」と確信した店でした。日本では、それまで郷土料理系の店は別として、リストランテと言えばフランス料理との違いがあまり分からかった時代。そこで見たフリポーの料理は「郷土の味を高度なテクニックでリストランテのレベルにした物」だったのです。確かにイタリアの根っこを持った洗練された料理。
今回行ってみて、フリポーとカシーナ カナミッラの共通点に気が付きました。緑が多いこと。暖炉の上に鏡が飾ってあること。記憶の底にあったフリポーが、カナミッラのイメージの下敷きだったかもしれません。
フリポー、ずっと憶えておきます。

2009年02月27日

リグーリアの石ころ

%E3%83%AA%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E7%9F%B3%E3%81%93%E3%82%8D.jpg
3月8日と9日にカシーナ・カナミッラの個室でリグーリアをテーマにしたセミナーリオと食事の会を企画しています。
昨年リグーリアの海岸を歩いていた時に細長い石が沢山あるのに気が付き「お食事会の時にフォークレストに使ったら」と思ったのがきっかけです。ご覧の写真のようになかなか良いものがみつかりました。
リグーリアとは縁があり、実は少しの間でしたがレリチという海沿いの小さな町の屋根裏部屋に住んでいたことがあります。晴れた日の夜には天窓から屋根の上に登って、目の前に広がる海を楽しんだことを思いだします。
さて、そのリグーリアには面白い料理が沢山ありますが、すぐに思い浮かぶのが「トルタ パスクアリーナ」
リストランテ カシーナ カナミッラを開店して間もなく、テレビ番組「食彩の王国」から取材の依頼がありました。テーマが春菊。原産地が地中海地方なので、イタリア料理で何かできないかというお申し出でした。調べてみると、野草として古代ローマ時代から使われていたようです。でも現在では特にそれを利用した郷土料理は見当たりません。となるとイメージに近いのは・・・リグーリア地方の「トルタ・パスクァリーナ」
イタリアでは復活祭の翌日にピクニックに行く習慣があり、その時の定番お弁当です。
パイ生地のご先祖様の様な、粉と水で作った生地を薄く延ばし、幾層にも重ねた物の中に、茹でたその季節の葉野菜とカリアータと呼ばれるチーズの元(今はリコッタが使われています)と形がそのまま残るように入れた卵で焼きあげたトルタです。普通はボッラジネやビエトラという野菜、またはほうれん草を使うのですが、シェフにはそこで春菊を使ってもらいました。
まさに春の喜びを感じる料理。
多分今回のメニューにも入ると思いますので、リグーリアづくしの時間をご一緒しませんか。
お邪魔でなければ、リグーリアの石をお土産にどうぞ。
(上の方に写っているのは、コルツェッティと呼ばれるパスタの型です)

日時:3月8日(日)6時~ 3月9日(月)7時~
テーマ:「リグーリア海岸の春風と石ころ」
参加費:10.000円(ワイン・料理・税・サービス料込)
ご予約:03-3715-4040 リストランテ カシーナ カナミッラ

2009年10月16日

貴族の館の白孔雀

024.jpg

近くのマッジョーレ湖にイゾラ・ベッラという貴族の館がある小島があります。

その庭園を歩いていたら、何やら鳥のような飾りものがおいてあります。

よくよく見れば、降りしきる雨に向かって頭をあげた白孔雀。

生きていました。しかし、すごい!

イタリアのカメード?亀戸?

023.jpg

こちらで知り合った骨董品屋さんのアンナがスイス・ロカルノの市に

出るというので、乗った登山電車。イタリアとの国境の駅名が、

なんと「カメード」音だけ聞いていたら「亀戸」と間違えそう。

一応パスポート検査があります。

貴族の館の白孔雀

024.jpg

近くのマッジョーレ湖にイゾラ・ベッラという貴族の館がある小島があります。

その庭園を歩いていたら、何やら鳥のような飾りものがおいてあります。

よくよく見れば、降りしきる雨に向かって頭をあげた白孔雀。

生きていました。しかし、すごい!

2009年10月18日

「ボナユート」の人形

031N.jpg

17世紀に、スペインからチョコレート技術を持って移民してきた

お菓子屋さん「ボナユート」に飾られている人形です。

人形がすりつぶしているのがカカオの実、台の下には火がたかれ、

含まれている脂を軟らかくしています。

この台の本物は床に置いてあり、あと1台は近くの博物館にあります。

パレルモ散策

033N.jpg

今日はパレルモ散策。

大時代な街の作りに、本当に異国に来たのだと実感。

ローマやドモドッソラはもはや地元みたいな感じだけれども、

いつもシチリアに来る度に外国に来たような気がします。

皮膚感が違うんです。

パレルモの「かっぱ橋」

035N.jpg

パレルモにも“カッパ橋”があります。

ひとつの通りすべてが厨房器具ばかり。

ふと目に入ったこのおじさんの店には、手作りの型やオリーヴ油

入れなどが飾ってありました。

機械製の方がもちろん出来は綺麗ですが、味があるのは絶対こちら。

店内は工房になっていました。

シチリアの大きな木

041N.jpg

何という大きな木! 町中の公園でのひとこま。

シチリアはやっぱり外国です。

町の人たちは、私たちが何に驚いているのか分からないのだろうな。

以前行ったシラクサにはもっと大きな木がありましたっけ。

トラーパニのメインストリート

042N.jpg

トラーパニのメインストリート。

地図の上ではシチリアの西に突き出た小さな町なのに、

この街並みはローマに匹敵するほど、すごい。

ゴッドファーザーのような大時代な男たちが歩くのにぴったりの路です。

扉の「顔」

043N.jpg

家の入口の扉に彫られた顔。

こんな装飾が街の雰囲気を作るんですね。

夢にでも出てきそうでした。

2009年10月19日

トラーパニのマグロ

047N.jpg

トラーパニの市場には、水揚げされたマグロを売っている店が

いくつかあります。

旅先でみると、ついついお醤油とワサビが欲しくなり・・・・・

お店の人は、日本人が来ると何で目つきが変わるんだろうと、

不思議に思っているでしょう。

シチリアならではの風景

050N.jpg

トラーパニのメインストリートからちょっと中に入った小路。

大時代な町並み続き、ブーゲンビリアの巨木がそこに広がって、

シチリアならではの風景を作っています。

イタリアのスキー場、モンテローザ

051N.jpg

モンテローザ、標高3000メートルのスキー場から。

ドモドッソラからバスで1時間程度で、ヨーロッパの名峰モンテローザに着きます。

麓の街マクニャーガからスキー場まではロープウエイが走っていて、

何の苦労することも無く、この景色の所まで登ることができます。

朝早くここに立てたら、すべてがバラ色に染まっているのが見えるとか。

モンテローザのローザはバラという意味。

いつの日かバラ色の世界にたたずんでみたいものです。

私たちの知らないイタリア

052N.jpg

13世紀にアルプスを越えてこの地に来たヴァルツェルという民族がいました。

極貧の中でも誠実に日々を過ごし、酪農をおもな生業としていたそうです。

その彼らの生活をそのまま残した場所がこちらのヴァルツェル博物館。

年に一度しか焼かないパンの部屋や、一生履き続けられた靴など、

生活ぶりが分かるものが陳列されています。

私たちの知らないイタリアが見られます。

モンテローザのピクニック

053N.jpg

どうせモンテローザに行くのならばピクニックをと、

お弁当を持って出かけた面々。

澄み切った空気と、地元の生ハムとワイン。

近くに放牧されていた牛の落し物が少々くさかったのですけれど、

なんともぜいたくな休日でした。

野生のクレソン

054N.jpg

アルプスの澄み切った湧水を飲もうと思ったら、

そこにはクレソンが生えていました。思わずひとつまみとって食べてみたら、

辛味とフレッシュ感が絶品。

栽培してもとてもこんな味は出ないでしょうね。

すごい出会いでした。

2010年11月04日

ドモドッソラのフォンターナ

IMG_1039.jpg
Dはドモドッソラの“D”と、アルファベットを伝えるときの例にしか、名前を聞くことのないこの街ドモドッソラ。でも今回来てとてもお洒落になったのにびっくりしました。街のいたるところに“フォンターナ”つまり泉があって・・・といっても水道の形をしているのですが、その蛇口までがお洒落。この水もやはり、アルプスの雪解け水なのかしら。飲んでみると、なかなか美味しいですよ。研修生の中には、ミネラルウォーターを買わずに、そのボトルを持って、フォンターナまで行く人もあるのですよ。

2010年11月05日

姪っ子です

DSCN1999.jpg

 

先日イタリアのICTメンバーが、この雑誌を持ってきてくれました。「ほら和子の姪っ子が表紙になっているよ」そうなんです。彼女の名前は、クリスティァーナ カポトンディ。今イタリアでもっとも注目されている女優で、血のつながりのない(当然!)姪に当たります。つまりわが娘とは従姉妹の間柄。

赤ちゃんの頃から知っているのですが、利発でした。ローマ大学を首席で卒業したのも、彼女曰く「女優という仕事はいつどうなるか分からないので、きちんと勉強した」のだそうです。日本では「シッシ」とういう映画が公開されるはずだとか。

「日本に来るかしら」と私が言えば、彼女の母親は「もちろん、招待されれば行くわよ」「じゃカナミッラに招待するわよ」という話になっております。

 

 

 

2010年11月06日

中世の広場

何度見ても美しいのが、ドモドッソラの中心広場“ピアッツァ・メルカート”。中世からそのままの姿で残っています。この街の人々の生活の中心。朝には野菜などの店がたち、収穫祭には民族衣装の人々がダンスを踊る場所でもあります。

この街に来るとまずここにきて、夏にはビールを、冬にはホットチョコレートを飲むのが習慣です。

しかし昼も素敵だけれど、黄昏時からライトアップされるころが最高!

001.jpg

夜のピアッツァ メルカート

DSCN1977.jpg

2010年11月07日

ドモドッソラの土曜市

DSCN2022.jpg 今日はドモドッソラの土曜市。街の道路に、広場に所狭しと店が立ち並びます。洋品店、日用雑貨、そして食料品、この土地独特のハチミツやお米を売るお店など。中でもチーズやサラミのお店は、私たちを惹きつけてやみません。出来立てで、ほんの少し塩をしただけの“プリモ・サーレ”、ピエモンテのリコッタ“セイラッス”、地元の生ハムやサラミの数々。

「これをみんな日本に持って帰れればいいのに」と、カナミッラのメンバーたちの顔を思い浮かべます。

山のおばさんの摘みたてポルチーニ

DSCN2014.jpg 市場の中には、ここ独特の品物がいくつかあります。目に付いたのは山のおばさんたちが身の周りのものを、採ってきて売っているところ。この写真はポルチーニ茸です。ホテル住まいで料理ができないので、グリルにしたポルチーニを思い浮かべるだけ。

ここでの今日の買い物は「菩提樹のお茶」。菩提樹の花の部分をアルプスの山の清浄な空気で乾燥させたもので、その一部はカナミッラに持っていくつもりです。

気になるお店

DSCN2016.jpg
このお店も気になっています。山のおじさんが作った木細工の数々がならんでいます。ポレンタ用のお皿や、スパゲッティトング。そういえば以前、クルミを割る容器を買ったことがあります。木の鉢の真ん中が突起して、そこにクルミを置いて木槌で割るようになっています。ご興味のある方は、カナミッラの個室においでください。

手作りのカウベル

DSCN2020.jpg
さすがドモドッソラ、カウベルを売っていました。澄み切った良い音がしますが、重い!いつも日本に買って帰りたいと思っても、その重さに躊躇して、なかなか手が出ません。これをお店の扉に付けておくと、良いチャイム代わりになるのですが、とりあえず今回もお預けです。

テーブルセンターは花嫁作

DSCN2025.jpg
ドモドッソラの骨董市で会ったのがアンナさん。骨董市といっても、ガラクタ(失礼!)っぽいものばかり並んでいるのですが、その中でとても素敵なテーブルセンターを売っていたのが彼女です。じっと見つめていたら「高いわよ」とのご忠告。結局それを買ったのですが、「60年前に貴族が教会に寄付して、それが出回ったもの」だったそうで、今はカナミッラの個室の扉のカーテンとなっています。毎回来る度に彼女と会い、今回も7枚も買ってしまいました。 その昔、イタリア女性は嫁入りの時に、自分で作ったテーブルセンターを持参したのだとか。今はタンスの奥に眠っているそれらの作品を発掘してくる人がいて、アンナさん経由で手に入れられるのです。世界で一枚だけのテーブルセンター。もちろんカナミッラに持っていきます。

2010年11月12日

秘境サウリスの里

DSCN2260.jpg
オーストリアの国境に向かっていった山の中にある幻の生ハム「サウリス」に行きました。山の中にあるため塩が簡単には届かず、暖炉で乾燥させたという、かなり甘めの生ハムです。到着するとそこは雪景色。研修生たちが元気があまって、雪合戦をしていました。こここがイタリアだなんて信じられないようなところです

あやしい白衣の集団

DSCN2265.jpg
この不思議な集団が見ているのは、豚の屠殺です。白衣を着ている人は研修生たち。衛生のために、作業は室内で行わなければならず、立ち会う人間はすべて白衣を着用しなければいけないのです。前回は私服で平気だったのですが、どんどん厳しくなります。しかし皆の真剣なこと。お顔をお見せできないのが残念です。

2010年11月15日

スプリッツ

DSCN2306.jpg

久しぶりの晴れの日は、チヴィダーレでの束の間の休み時間を楽しみました。チヴィダーレの骨董市名有名で、2度ほど来たことがあります。カナミッラにおいでになって個室をごらんになった方は、暖炉の上に置いてある精巧なオートバイに気がつかれたでしょう。あれはここで見つけたもの。2台あったのですが、その手作り感がなんとも言えず、2台とも買ってしまい、後でスーツケースの占領率の大きさに愕然としたものです。
他には年代物の手刺繍のナプキンを手に入れました。こちらはカナミッラのパンかごに敷かれています。
さて、写真の飲み物は「スプリッツ」白ワインとカンパリと合わせたもので、こんな日にはぴったりです。後ろにいる、仕事上のパ-トナー、ダニエラの着ているものと同じ色なので「あれ、同系色で合わせるために注文したのかな」と、イタリア人のお洒落心にちょっと感心。・・・・聞いてみたら全く関係なかったそうです。
ちなみにもう一台のオートバイは、「イタリア野菜のABC」の企画デザインを担当してくれた、親愛なるデザイナー川村易さん(http://www.ne.jp/asahi/kawa/mura/)のもとに走って行ってしまいました。

ウーディネのショーウィンンドウから

DSCN2364.jpg

ウーディネの街にはとってもおしゃれな雰囲気が漂っています。その上、ミラノよりもずっと人が少ないので、落ち着いて買い物ができます。
そんな中見つけたのがこちら。娘のかな海が撮った一枚です。
面白いね~このセンス。でもうちには置きたくない・・・・

フリウリでオリーヴ油が生産されていた!

DSCN2372.jpg

丘を上っていくと、なんとここフリウリにオリーヴ油搾油所が!!!
普通オリーヴ油の北限はガルダ湖までと言われ、寒冷地では育たないというのが常識になっています。
FICTイタリア料理長期研修の旅は、もちろん出発前に日程を緻密に組み立てるのですが、その場でより研修生に見せたいものがあれば、どうにかできないかと努力します。かなりの確率で、ダニエラの力量と人脈を駆使して成功するんですよ。これもそのひとつ。オリーヴ油が作られ始める時期なので、どこかで見せられないかと探した結果です。
アジア系の男性たちが、木に登って、小型の熊手のようなもので実をこそげ落としています。普通は機械を使って木をゆすって落とすのですが、いうならば「もっとも原始的な方法」を使っているわけです。
落とした実は、下に敷いた網で受け止め、かごに入れて搾油所に運ばれます。
ここのオリーヴの木は幹の直径が10センチ程、男性たちはかなり先まで登っていますから、よく折れないものだと感心してしまいます。
しかしフリウリでねえ。新発見です。

2010年11月16日

昨日絞ったオリーヴ油

DSCN2395.jpg
抹茶の様な色。これが昨日絞ったばかりのオリーヴ油です。オーナーはわざわざ出来立てのパンを私たちのために買ってきてくれ、昨年のものと昨日搾ったばかりのものをつけて味見をさせてくれました。昨日のオリーヴ油は、2カ月ほどたって落ち着いてきたらボトリングされるそうです。永年イタリアとかかわっていますが、昨日搾ったオリーヴ油を、しかもフリウリ産のものを味見するなんて、めったに出来ない経験です。

フリウリ産オリーヴ油の存在理由

DSCN2398.jpg
フリウリの地にオリーヴ油があることなど信じられなかった一同でしたが、この搾油所のオーナーのお話を聞いて納得。ちなみに彼女はウーディネでも有名はトラットリア「ダ・ヴェドバ」のオーナーで、店で使うのはすべてここの自家製だそうです。
さて、なぜここに搾油所があるのか。
昔この地はオーストリアの領地で、オーストリア内では最も南の地。そのためオリーヴ油が生産されていましたが、イタリア領になると最北地になり、もっと南の効率の良い生産地があるため、忘れ去られてしまったのだそうです。彼女のお父様が、三本しか残っていなかったオリーヴの木から接ぎ木をして増やし、現在の様な形になったとか。
研修生にとって、忘れられない訪問になったそうです。

2010年11月17日

醸造家のサイン入り「アックアヴィータ」

DSCN2495.jpg ヴェネト州の蒸留所「マスキオ」に行ってきました。製品というものは、作ってる人の価値観や人間性が投影されるものです。このマスキオ社は三兄弟とお父さんがやっているのですが、皆何とも品が良い。それがここで作られる蒸留酒に反映しているようです。

今回の見学では、蒸留所を見た後にチーズとアックアヴィータとの相性を楽しむレクチャーを用意してくれました。チーズは「カルペネード」社のもの。ブドウの搾りカスにつけたウブリアーコをはじめとして乾草の風味をつけたり、土の中に埋めたりと、チーズの流行の最先端を行っているメーカーです。しかもレベルが高い。

さてこの相性は・・・一緒に口の中に入れると、す~っと消えていくのです。不思議な感触でした。

写真は、カシーナ カナミッラへの醸造家バゼオット氏のサインが入った、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノのアックアヴィータ、貴重品です。今月末からカナミッラの食後酒のワゴンに乗ります。

本物の腸詰

DSCN2404.jpg

豚の解体から一夜明けて、今日は加工肉作りを見学させてもらいました。見ているのは皆料理人ですが、それにしても職人さんの手際の良さに目を見張っています。多くのサラミ類が人工の皮を使っているのに対して、ここのは本物の腸です。詰める物の大きさによって、豚の小腸や大腸、そして膀胱、大きい塊は馬のものを使うのだそうです。そして重要なのが、よく縛って空気を抜くこと。

いつの日か、カナミッラのスタッフ全員に見せてあげたいものです。

2010年11月18日

豚づくし

DSCN2462.jpg この工房はアグリツーリズモもやっていて、宿泊したり、自家製サラミや料理を食べたりできます。

その上あちこちにある置物はすべて豚さん尽くし。いったいいくつあったのか数えきれません。研修生の撮った写真を見せてもらったら、豚の看板、豚の人形、豚の絵と、随分いろいろと写っていました。

豚に感謝しつつ、美味しく頂きましょうということでしょうか。

2010年11月19日

顔なし

DSCN2450.JPG
この顔を見てください。誰かに似ていませんか。そう「千と千尋の神隠し」に出てくる「顔なし」です。心の病か自分の顔を持てない彼、現代人の中にたくさんいそうな気もします。(しかし宮崎監督というのは、何と奥深いキャラクターを作り上げるのでしょう。)このヤギさん、体は「シシ神」っぽく、顔が「顔なし」だなんて、なにかご縁がありそうです。目は「顔なし」の両端にちゃんと付いていました。

2010年11月23日

体が温まる大麦のミネストラ

DSCN2467.jpg
北イタリアではよくある大麦のミネストラです。入っているのは大麦と香味野菜、豆に・・・・豚の皮。豚肉は古代ローマ時代から一番食べられていた肉です。その理由は捨てるところがないということ。内臓や腸はもちろんのこと、皮もしっかりと使います。この大麦のミネストラに入っていたトロトロに煮込んだ豚の皮は、脂臭さはなく、ゼリー状になっていて美味。本当にお肌によさそうな料理でした。外に吹く寒風とセットでいただくと、心底温まります。

「紅の豚」の舞台

466.jpg

ローマで「紅の豚」が公開されているそうです。「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」が公開されたのが、何年も前の話なので、ずいぶん遅いものです。

しかし娘のかな海の会話の中に、随分ジブリ作品の話が出てくるので、時代が変わったものだと思いました。私たちの時代はディズニー映画の「シンデレラ」や「ダンボ」だったのに。

この景色はミラノのナヴィーリオ―運河。(運河と云っても、この日水はなく船が定住していました。)「紅の豚」が修理してもらった飛行機を発進させるあのシーンの場所です。

ポルコロッソが住んでいるのが、どうもスロヴェニア近くのダルマツィア近辺らしいというのは、わがダンナが、地図が画面に出てきたときにヴィデオを止めて観察した結論です。

ナヴィーリオのアンティックの店でかな海は、年代もののバッグを買って大喜び。私はカシーナ・カナミッラ用のロウソクスタンドを購入しました。

日本語学校

504.jpg ドモドッソラに日本語学校があります。と言っても、ここロズミーニカレッジでの教室で、紀子さんが行っているレッスンです。

紀子さんは、ドモドッソラのもっと山奥の村の方と結婚して、こちらに住んでする日本人。私たちICTの研修生がステージ先に出た時の相談相手をしてくれている方です。

ある日の夜、彼女の授業に出てみたら、いましたいましたイタリア人が。ガイドをしている方と、語学の一つとしえ学びたいと思っている生徒さん達です。

地球の裏側に、日本理を理解しようと思ってくれる人がいるなんて、そして紀子さんのように、火を灯し続けていてくれる人がいるなんて、嬉しいものです。

2010年11月26日

カコ?キモニ?????

DSCN2477.jpg
ご覧になってわかるように、これは柿の木。イタリアでもこの季節には柿が実ります。
しかしお店に並ぶ柿は、崩れる直前のジュクジュクの柔らかいもので、スプーンですくって食べるのがふつうの食べ方。
ところで、名前の方は二つ以上あるとCachi カキ、一つだとなんとCacoカコ。これは名詞に男性形、女性形、それぞれの単数・複数があるので、iで終わる名詞は男性形複数と思われ、(つまりカキの場合)一つだと単数形にされてカコになってしまうのです。ちなみにキモノが2枚以上あると”キモニ”となります。キモニワル~イイ!
この日、研修生は肩車をして、柿を一つ失敬いたしました。さてそのお味は。最初はニッコリ、そしてその次は・・・、イタリアの柿はみな渋柿なのです。

2010年12月02日

再びドモドッソラ風景

DSCN2540.jpg 再びドモドッソラの風景です。これは旧市街の入り口。冬の間雪に埋もれるので2階にバルコニーが付いています。その先には、アルプスの水を利用した水車小屋があり(今はありません)そこを通過する用水が、街中の泉に通じています。

ドモドッソラとは、オッソラ渓谷の屋根という意味で、昔からスイスに向かう中継地点でした。イタリアのひとつの街と永年付き合うと、いろいろなものが見えてきて愛着が湧くものです。

いつかご一緒しませんか。

2010年12月09日

幸運を呼ぶ最強の組み合わせ

DSCN2784.jpg 人魚になったプレチェネッラ?いえいえ、尻尾の部分は唐辛子なのです。

ナポリ近辺では唐辛子を模した装飾品をたくさん見かけます。時にはマッチョなおじさんの胸に飾られ、時には車の中にジャラジャラとつるされ。「ポルタ・フォルトゥーナ=幸運を呼ぶ」とされているからです。

ナポリのシンボルであるプレチェネッラと唐辛子が結びつくなんて最強の組み合わせ。

「自宅用の皿はここのもの」と決めている陶器の工房チェラセッラで見つけて、物欲しそうな顔をしていたら、察したご主人のアントーニオがプレゼントしてくれました。

ご覧になりたい方はカシーナ カナミッラへどうぞ。入ってすぐのテーブルの上で、パンフレットが飛ばないように、寝ながら働いてくれています。

もちろん幸運を呼び込みながら。

2010年12月10日

ポンペイの遺跡にて

DSCN2598.jpg

ポンペイの遺跡に行きました。

この写真を見て、ほとんどの方は横の円形競技場の方に興味がむきますよね。ところが、私の興味は食に関する事ばかりなので、ゆえにこの写真のメインは松の実が採れる松の木なのです。ポンペイの遺跡内では、学者たちが生えている植物にまで注意を払って、当時からあるものを生やしているとか。

調べてみると、松の実は有史以前から食用とされていて、古代ローマ時代には、スープやソーセージに入れ込んだり、松の実をハチミツで固めたりしたものが作られていたようです。

ウンブリア地方に「ピノッカータ」という名前のお菓子があり、こちらはグラニュー糖が使われていますが、このご先祖様が古代ローマ時代からあるというのは充分に考えられるはず。

松の木を見上げて、わくわくしている私は、結構変な観光客です。

まあ、いつものことなので。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

2010年12月13日

スプマンテでおめでとう!

DSCN2783.jpg イタリアに行った時の楽しみは、おしゃれな小物を探すこと。もちろんカナミッラの片隅にそっと置いておきたいからです。

この氷で冷やされたスプマンテは、ご予約カード立てです。これを見つけた時は、「お祝のご予約の時に、席に着いたときからおめでとうの雰囲気を」と喜んでしまいました。

すでにカナミッラでは使っています。(もうひとつは紅葉の形をしたものです)

いよいよスプマンテで乾杯をしたい時期になりましたね。

2010年12月14日

テルモポリオン

IMG_1095.jpg シチリアの市場を歩いていた時に、八百屋の店先でゆでたジャガイモやアーティチョークを売っているのを見たことがあります。

古代ギリシャやローマでは、個人の家に台所はなく、人々は調理したものを買いに行っていたのだとか。名前はテルモポリオン。

案内をしてくれたジャーナリストの説明で、目の前にあるそれが2000年の時を経て現在に息づく古代の習慣だということを知ったわけです。

この写真はポンペイの遺跡の中のまさにその店で、台には壺のようなものが埋まっていて調理済みのものを入れて売っていたそうな。

2010年12月16日

アマルフィの風薫るお皿

DSCN2801.jpg ソレント半島のアマルフィ側が大好きです。レモンの花と海の香りが空気の中に含まれていて、そこにいるだけで幸せな気分になるからです。

日本でもその雰囲気に包まれていたいと、食器はレモンの模様が入ったチェラセッラ(www.cerasella.com)製のものを普段から使っています。

今回チェラセッラ社に行った時に、なんとダンナがお客様用の一式をプレゼントしてくれたのです。(とってもまけてくれたので、半分はアントニオの贈り物になるかもしれません)

我が家の食卓のおいでになる方、次回からこの食器を使いますよ。

2011年10月24日

ドモドッソラの鍛冶屋

DSCN3153.jpg 只今イタリアの地、ドモドッソラに来ています。

飛行機の関係で、研修生より一日早く着いたために、時間を無駄にせじと、早速動き出しました。行く先はなじみの鍛冶屋さん。そうドモドッソラにはまだ鍛冶屋さんがいて、トンテンカンと鉄を打っているのです。

この写真はその工房です。

正面の火で熱した鉄を手前の台で打って、形を作ります。

カシーナカナミッラに置くものは常にオリジナルでありたいと思っているので、イタリア各地で本当に気に入ったものだけを購入します。

鍛冶屋さんでは、テラス席に置くロウソクスタンドと丸テーブル用のナプキンリングをオーダー。

木の葉をデザインした全くのオリジナル作品です。

出来上がったら、ご紹介しましょう。

2011年10月25日

苦い米の景色

036.jpg イタリアのお米の大産地ヴェルチェッリに来ています。

つい先週刈り終わったばかりの田んぼがずっと続いている景色は、同じ米に関する場所なのに、日本とはかなり違う風情です。

この農場は映画「苦い米」の撮影地となったところで、当時はすべて手で作業を行っていたので、刈り入れの時に何千人もの季節労働者が必要だったのです。そのため敷地内には、託児所、教会、食料品店などがあったとか。

今は機械化され、この広大な耕作地を管理するのはたった20人だけだそうです。

ここでは、大作業を終えた静かな時が流れていました。

リゾットの本場

DSCN3244.jpg まさにリゾットの本場で、リゾットをマンマに教えてもらいました。

ここは米穀農場の食堂です。

コックさんではなく、地元のマンマがシェフとなり、皆の料理を作っているのですが、食べたいのはともかくリゾット。イタリア料理の作り方はシンプルなので、ほんの少しの火加減、タイミングが最終的な味に大きくかかわります。

食堂に入ったとたん、消えてしまった研修生の行く先は厨房。マンマを囲んで、リゾット作りの秘密を見ようとしているところです。

調理法のほかに米自体のおいしさも、出来上がりを左右します。

私は毎年ここでお米を買い、我が家のお客様にリゾットをふるまっています。

2011年10月27日

北国のチーズ

IMG_1635.jpg アルプス一帯に広がるのは、フォンティーナタイプのチーズです。

ここエネモンツォで、土地の名前を付けて生産しているのも同じタイプ。でも牛の飼料や買い方によって出る乳も違い、味は微妙に異なります。

しかし、今回のはあまり美味ではなかったのですよ。理由を聞いてみると、牛が出産するのは10月から12月、ほとんどの牛はその準備で、乳が枯れかかった時期なのだとか。

牛乳がおいしくなる、つまりチーズもおいしくなるのは春と、牛を高地に連れて行って高山植物を食べさせる夏の時期だそうです。

 

いつ見ても。チーズがストックされている熟成庫は圧巻です。

安らぎの場

IMG_1658.jpg 今年もここに来ました。フォコラールと云って、フリウリの囲炉裏です。

ここリストランテ「ステッラ ドーロ」は歴史的な店として、その伝統的建物が認定されている店です。

店に入って、研修生を先ず連れて行ったのがここ。

当然、皆魔力に魅せられたように、まったりとしてしまいました。

2011年10月28日

秘境サウリス

IMG_1694.jpg フリウリの山の中をバスは走り、窓の外は断崖かと思えば、手掘りのトンネルが続き、やっと着いたのがサウリス。

イタリア食ジャーナリストのパイオニア故リッカルド・ディ・コラート氏が絶賛した生ハムの産地です。

しかしこの村に入ったとたんに目に入るこの真っ黒の家々。

ここもイタリアなのです。

2011年10月29日

秘境への道

IMG_1690.jpg サウリスに行く途中、バスの中から撮った写真です。

息をのむほどに、幻想的な景色でした。

2011年10月30日

マエストロの仕事

IMG_1707.jpg 職人さんには、いつも感嘆してしまいます。

この日はすでに豚の半身が横たわっていて、その部位分けを見学させてもらうことになったのですが、仕事が早い早い。

小一時間で部位分けするだけではなく、加工肉の準備まで出来上がっているのですから。

イタリアのナイフは、日本人の間で切れないので有名(!)ですが、こんなに切れるのは見たことがありません。

左手にはめているのは、金属製の手袋です。

 

写真の職人さんは、14歳から、この仕事に就いているのだそうです。敬意をこめて、マエストロと呼ぶことにしました。

サラミ作りの機械

IMG_1771.jpg これがサラミを作る機械です。中央の筒に和えたひき肉が詰まっていて、左の人がハンドルを回すと、右方の腸に詰まるようになっています。

あとは、自分の好みの形にするだけだそうな。

しかし、そうたやすいものではなさそうです。

 

ともかく、年季の入ったこの機械をご覧ください。

日本まで持って帰れないなあ。残念!

でもいつかは・・・・・

2011年10月31日

このパンチェッタ 10kgなり

IMG_1759.jpg

職人さんが軽々と持っているパンチェッタ。

量ってもらったら10kgだそうです。

そしてよく見てください。袋の中にも肉以外に何か見えるでしょう。

作り方はまず成形した肉に塩、スパイスなどの下味をつけて1日おき、次にロースト肉のようにしっかりとひもで巻きつけ、そして腸の中に入れてまた縛り、そこで穴をたくさんあけてできる限りの水分を出し、吊るせるようにまた紐で縛るという工程を経たもの。

そのあとは、水分を出すために室に入れて徐々に温め、次にカビを付けてから熟成させ、そのあとで長期熟成用の倉庫に入れるのです。

 

理論だけではなく、経験がものをいう世界です。

 

帰りがけにオーナーに

「わがシェフたちをこちらに研修に送ったら、受け入れてくれますか」

返事は「もちろんだとも!」

2011年11月01日

フリウリ料理シリーズ フリーコ

IMG_1657.jpg フリウリと云えばフリーコ。ジャガイモとチーズを混ぜて焼いたものです。

フリウリは山の中なので、そこで採れる食材で料理が作られます。

つまり寒冷地でも育ち、保存のきくジャガイモと、基本的な仕事である酪農から生まれるチーズです。

これが平野のトリエステに行くと、見られなくなるももっともなことでしょう。

寒い山の中で食べるフリーコは、芯から温まります。

世界でたった一つの

IMG_1927.jpg 鍛冶屋さんに行って、注文しておいたロウソクスタンドとナプキンリングをもらってきました。

一つ一つ叩いて作り上げた、世界でたった一つの品物。

料理もそうですが、人の手で丁寧に作られたものは、それだけで価値があるように思います。

12月にはカナミッラのテーブルに置かれます。

2011年11月03日

フリウリ料理シリーズ―ブロヴァーダとムゼット

IMG_1858.jpg 寒い地方では、体が脂を欲します。

フリウリではダイエットなどと甘い事を言っていては、生きていけないのです。

そこでよく食べられているのが豚の皮を練りこんだサルーミ「ムゼット」です。

でもフリウリ人だって、コテコテの脂はちょっとつらい。そこで合わせるのがブロヴァーダと云って、カブをブドウの搾りかすにつけて酸っぱくし、刻んだもの。

これは、日本で簡単に作るわけにいきません。

でもフリウリ料理にはなくてはならないものなので、2月のイタリア郷土料理集賛歌フリウリ編のために、缶詰を8個も購入しました。

どうやって持って帰ろうかしら。

2011年11月08日

食卓のぬくもり

IMG_1755.jpg フリウリの小都市チヴィダーレのリストランテの一こま。

私たちの大テーブルの横にあった、丸テーブルのセッティングです。

なんとも温かい感じがしたのは、そこから家庭のような温もりが感じられたからでしょうか。

カナミッラの丸テーブルも、温かくくつろげる場所にしようにと、手作りのランチョンマットとナプキンリングを持って帰ります。

2011年11月12日

日曜日の朝

IMG_1914.jpg ある晴れた日曜日、ドモドッラ周辺の丘を歩くのが趣味なので、いつも行く3時間コースへと向かいました。

ふと見上げるとの、いつもとは違う方向の丘の上に、小さな村と教会の塔。

私のもう一つの趣味は、目的を持ったらひたすらその方向に向かって、迷ってもそれも楽しみながら歩くこと。

これはその途中にあったリストランテです。

まあなんと可愛い作りでしょうか。オーナーの人柄まで出ているようです。

そして、なおも歩け、歩け・・・・・

道端の花

IMG_1901.jpg 山の道は曲がりくねっていて、いつの間にか目的の教会の塔が遠くなりました。それも良しと歩いていたら、道端に鮮やかな色をした花が咲いていました。

日本にもありますが、朝の山の空気の中で見ると、本当に鮮やかです。

さらに前進、前進・・・・

友を偲ぶ

IMG_1911.jpg 歩き続けること1時間半、ようやく目的地にたどり着きました。

目標にしていた教会の入り口では、アルピニストの帽子をかぶった一団が儀式をしている最中。

リーダーらしき人の挨拶と、それを取り巻く家族の人々。中には歩くのもおぼつかない、お年寄りもいます。

「これは、何の集まりですか」

「戦争で死んだ、アルピニストたちを毎年この日に忍んでいるんだよ」

 

日曜の朝の一こま、きっといつまでも思い出すんだろうなあ。

井戸端会議の場所?

IMG_1908.jpg 教会を離れて、古い建物のある地域に迷い込むことにしました。

ありました、ありました。これは、共同の水道です。

歴史の古い村では、その昔泉から水を引いて共同の水場を作っていました。

水道の下にたまった水は、家畜のもの、その後ろの建物の中にあるのが洗濯場です。

今では当然、各家に水道がありますから、洗濯場の水は枯れていました。

しかし、泉の水は飲料として汲みに来るのでしょう。

甘い味の柔らかい水でした。

2011年11月13日

ドモドッソラの横断歩道

IMG_1918.jpg 幾度雨が降っても、線の消えない横断歩道です。街のほとんどの道が石畳なので、そこだけ無粋なペンキで塗ることが出来なかったのでしょう。

ショウウィンドウの洋服には「ぎゃ~~~!」ということが多いけれど、建物や街並みは、なかなかです。

2011年11月22日

この料理を出すお店

546.jpg 前回の仔豚の料理が衝撃的だったらしく、何人かの方からご連絡をいただきました。

その料理を出す店は、ここ”Da Sciolla ダ・ショッラ”

ドモドッソラの中では一番のお気に入りの店です。

料理はきれいに盛りつけててあっても、その根底にこの土地ならではの力強さが流れています。

以前デザートに「野生のリンゴのコンポート」が出たことがあり、聞けばそのりんごは山で摘んできたものだとか。生で食べれば、固くて渋くて、とてもお勧めできるものではありません。ところが、甘く煮てみるとその欠点が深みになって、都会ではお目にかかれない逸品になっていたのです。

こんなところに価値を置いているのが素敵です。

2011年11月24日

ドモドッソラの郵便受け

558.jpg この郵便受けが好きで、以前カシーナカナミッラが白金台にあった時に、イタリアから買ってきて取り付けたことがありました。

しっかりと閉まらないので、雨の時は少々不安。特別に使い勝手が良いというわけではありませんが、それ以上に何とも風情があるじゃありませんか。

 

これだけ並んでいると、なんだかケタケタと笑っているような気がしませんか。

2011年11月25日

旧道のハト

559.jpg ドモドッソラの旧市街に行くと、伝統を重んじる街らしく、石畳に轍の跡。

今更馬車が通るわけではありませんが、代わりにハトが歩いていました。

道路のこんなデザインも素敵です。

2011年12月06日

コルテ モスキーナ 居間の暖炉

436.jpg 居間の暖炉。晩秋から春先までいつもついていて、時にはここで肉を焼いたり、煮込みを作ったりしているそうです。

パトリツィアさんファミリーの家族団欒の間。

右にある窓からは、四季のブドウ畑が見られます。

ブドウ畑の夕日

416.jpg コルテ モスキーナのブドウ畑に日が沈むころ。

昔の道具類の影が長く伸びています。

カンティーナは冬の選定を待つ時期なので、とても静か。

日本では気がつかなかったのですが、時間の長さは場所によって違うものですね。ここでの時間、東京での時間、ドモドッソラでの時間、とても同じだとは思えない。

たった半日の滞在でしたが、あのワインがこのゆったりとした時間の中で、作られたのがよくわかりました。

2011年12月07日

トスカーナの豆を求めて

DSCN3372.jpg トスカーナ人は「豆食い野郎」ということで、トスカーナ人になるべく、フィレンツェに豆を買いに行きました。これはカシーナ カナミッラで3カ月に一度企画している「イタリア郷土料理集賛歌トスカーナ編」のためです。

フィレンツェのサンロレンツォ市場で手に入れられず、共和国広場に行った時のこと。

なんと市が立っていたのです。それも近郊の生産者が特産品を持って。

もちろんお目当ての豆はありましたが、それ以上に興味をひいたのが、このポルケッタ。

チンタセネーゼという名前の、最近注目された豚で作った丸焼きです。

この後でローマまで高速ではなく街道を通る予定だったので、途中おなかがすくかもしれないと、とりあえず買ってみることにしました。

お味の方は・・・ともかく脂分が多かった

About イタリアの旅

ブログ「イタリア食の万華鏡」のカテゴリ「イタリアの旅」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはお店紹介です。

次のカテゴリはイタリア食文化です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。